なかった出来事に関する記憶

高校生の頃、ラジオをつけっぱなしで眠ってしまったら夢の中に数学者の秋山仁氏が出てきて「僕はこう見えても昔は数学が苦手だったんですよ」という話をしてくれた。「へー。秋山さんでもそうなんだー」と思いながらしばらく拝聴しているとパッと目が覚め、自室のベッドの横からノイズ交じりのAMラジオの音。ラジオから聞こえてくる「僕はこう見えても昔は数学が苦手だったんですよ」という声はなんと秋山仁のものであった。秋山仁の夢を見ていたのはラジオの影響だとして「数学が苦手だった」という告白を聞いたのは夢の中が先。もちろん俺は彼の過去についてなど何も知らなかったので、これは予知能力だ。なんと未来予知に成功してしまった。
 と思ったんだが、まっとうな頭で考えるならば、これはラジオの声を聴いた瞬間に記憶を自ら改竄したとするのが自然だろうな。シンクロニシティを感じた人間が「ひょっとしてこれは夢で見た景色ではないかしらん」などと思うことはあるが、あの「ぎゃあ!秋山仁が夢の中と同じこと言った!」という鮮烈な驚きはあれに感じるようなあやふやなものではなかった。あれが自らが一瞬にして作り上げた虚構の驚きであるとはなあ。
しかしまあ待て。俺が予知能力者であるという線も捨てられんだろう。そういえば同じく高校生の頃、夢の中に「ジャントニオ・イノバ」というレスラーが掲載されている雑誌が出てきたのだが、あれはなんだったんだろうなーと思いながら本屋でファミ通買ってきたら、新作として紹介されている大仁田厚のプロレスゲームの敵キャラとして「ジャントニオ・イノバ」が登場していたということがあった。


まあ、この片方もしくは両方が予知能力の結果だったとして、なんら俺が得することはなさそうなのだが。