ジョーの呪文で世界は変わる

コンビニ売りの単行本であしたのジョー金竜飛戦を再読したんだが、このエピソードでジョーが勝利に至るまでの仕掛けが良いのだ。これはもうトリックと言っても良いかもしれん。
体が成長したことによりバンタム級に残ることが困難になったジョー。しかし自分と同じ階級で戦うために死の減量を試みリング上に果てた力石への想いから、ジョーもまた命を削る減量の道を選ぶ。そこに現れたのが次なる対戦相手の金竜飛。金は戦争の中で本物の飢えを体験し、食料のために実の親を手にかけてしまうという地獄を経験している。地獄の中で食への欲望が摩滅した金は試合直前ぎりぎりまで食の欲望と戦いながら減量を続けたジョーをあざ笑う。お前はぬるま湯の中にいるのだと。
この試合でリング上を支配するテーマは「本物の地獄を知る男」VS「所詮スポーツの中しか知らぬ男」であり、これはどう見てもジョーに勝ち目はない。事実ジョーは一方的にパンチを浴び続け、そればかりかリングを支配する法則を悟り「勝てるわけがない」と絶望する。物語的に、ジョーの勝利はリングを支配するテーマを打ち破ることでしか果たされないのだが、いくらジョーでも過去を変えるのは無理。しかも場所はリング上、誰の助けも偶然の介入による逆転も望めない。ジョーの敗北はもはや決定的。
しかしここでジョーは宣言する。「一握りの食料のために親を殺した金は まだしも水だけはガブ飲みできたろうが 力石は『水さえ』も飲めなかった しかも、金は『食えなかった』んだが 力石の場合は自分の意思で『飲まなかった』『食わなかった』 飲まず食わず… それゆえの死とひきかえに… 力石徹は男の戦いを全うしおれとの奇妙な友情に殉じた なんのことはねえ… 死の寸前の飢えがなにも絶対じゃねえ 自らすすんで地獄を克服した男がいたんだ!おなじ条件で!人間の尊厳を!男の紋章ってやつを!つらぬきとおして死んでいった男をおれは身近に知っていたんじゃねえかっ! 金竜飛よ、おまえは力石に劣るんだ!」
鮮やかである。一転してリングを支配するテーマは「高潔な魂を引き継ぐ男」VS「不幸自慢野郎」に変わった。あまつさえはっきり力石に劣るとまで断言されているのだから、これはもう金に勝ち目はない。ジョーの放つパンチは確実に金を捉えはじめ、それは金をリング外に叩き出すまで続く。
一言でそれまでの力関係をガラリと変えてしまう展開は熱いし、また説得力がある。ラストで金は流血から戦争中の思い出を蘇らせてパニック状態に陥るのだが、ただ勝たせるだけならいきなりこのシーンを持ってくれば一応の格好はついただろう。しかしそれでは面白くない。ジョーの一言を中心にはっきりと世界がかわるからこそ良いのだ。これはまさに究極の舌戦よなと思う。

もうひとつ、好きな舌戦

北斗の拳2巻でマッド軍曹が配下の兵士達に向けて「お前達は神に選ばれた!」と演説している時に現れたケンシロウが一言「俺は選んだ覚えがないぞ」と言う。何者だと問いかける軍曹を睨んでケンシロウは答える「死神だ」と。
これもかっこいい。敵は神に選ばれし者。究極に近い立ち位置の彼等は手強いに違いない……と思ったら主人公が神だったという。
基本的に少年漫画ってかっこいいこと言った方が勝ちだもんな。ビッグマウスが寡黙な奴に負ける展開っていうのも要するにビッグマウス側の強さアピールがかっこ悪かったからだしな。どうも最近のバトル漫画は精神世界と友情だけを状況打破の糸口にしがちなきらいがあるので、そろそろ「よく考えたら屁理屈なんだけど凄くかっこいい!」みたいなワンフレーズの爆弾をぶち込んでくれる漫画が見たいものよ。