導師が上手に導いた

書こう書こう明日書こうと思っているうちに、こんなにも長い月日が過ぎてしまった。一昨年のクリスマスイブに映画館で見た『グミ・チョコレート・パイン』の話だ。一昨年て。ようやく重い腰を上げて書き始めたところで、内容をだいぶ忘れていることに気付いた。なのでやっぱり感想文発表とりやめ。いかんよね、書こうと思った時に書いておかないと。強く印象に残っているのは…そうだな。同時上映されていた『空の境界』を見に来た客とグミチョコを見に来た客を外見だけで見分けられるか、というゲームが熱かったことかな。年齢で見分けがつくかというとそうでもないので、なかなか難度の高いゲームだった。まあ、難度も何も正解が明らかになるわけではないので全くゲームになっていないのだが。
それはともかく、その頃考えていたことがある。それは物語における導師ポジションのことだ。グミチョコには漫画版も存在するのだが、それには原作小説において迷える主人公・賢三を何度となく助ける『ジーさん』というキャラが出てこない。漫画版の作者によると「正解を言う人が出てくると、あとは答え合わせになっちゃう。自分で考えてキャラクターは進まなくちゃいけないので、じいさんは外した」ということだそうだ。そしてこの映画版でもジーさんの登場シーンはカットされている。監督であるケラリーノ・サンドロヴィッチのコメントも「1時間半なり2時間なりの中で、正解を言うっていうのは、つまり支えてあげられちゃうというか、助けてあげられちゃうわけだから…」と同様の意見であるようだ。大槻ケンヂの原作小説でも、後半は賢三がジーさんに頼らず独力で頑張ろうとする描写があるぐらいなので、いわばジョーカーともいえるジーさんについては三者三様で気を遣っているようだ。
それは気を遣いもするだろう。作者は物語の正解を知っているわけなので、その代弁者たりうる導師ポジションの男は、使いようによっては物語を一瞬で終わらせる爆弾になりうる。そんな危険なものを何故使うのかといえば、これはもう使いやすいから以外にないだろう。1つの障害を乗り越える様を説得力を持って描くには多くのページ数が必要となる。さらにそれは読み物として面白くなくてはならないのだから難しい。だが、皺くちゃの爺や渋い中年男性が「小僧よく聞け。それはな……」などと言い出せば1、2ページで済む。しかも人間はどこかしら他人に導いて欲しがっているようなところがあるので、一言でバシッと決まる名言が出てきた方が満足度も高かったりするもんだ。だってみんないまだに安西先生の台詞を引用したりしてんじゃん。
そんでもって最近の少年漫画で気になるのが「バトル等のメインテーマに割くページは削れない。でも心理描写や人間的な成長は描きたい」ということで導師ポジションの人間による独演会が連日連夜開催されるパターン。これ、誰の物語だよっつう。しかしまあ、これが悪いことだとばかりは言えんのかな。現実だってわりとそんなもんだしさ。無理に導師ポジションの人間を退場させようとして安易な死別のシーンとか描かれるよりマシな気がするし。最近も、とある漫画で、導師ポジションキャラの過去エピソードや伏線回収が一年ぐらいかけて行われたことがあって、「あー。こりゃ来るぞ……」と思ってたら案の定ドーンみたいなことがあってだね。そういうの見ると「一人の!男が!物語に!殺された!」みたいな気持ちになるんよね。物語に殺されるのと物語に操られるの、どっちが幸福なのか知りませんけど。や、違う。大事なのは作中人物の幸福じゃなくて読み手の幸福だ。ぶっちゃけて言えば、絵に描かれた人間に幸福とか不幸とかないのだから。それがあるのは書き手と読み手の心の中だけだ。では俺としてはどちらに幸福を感じるのか。
……時と場合によるとしか。なんとも普通の結論しか出なかったけど仕方ないじゃん。ここで俺の前に導師ポジションの男がドーンと現れて解答を与えてくれればいいんだけどさー。「爺が名言吐く漫画は全部クズ!」とか。そしたら俺も「はいっ!クズです!僕もそう思います!」と爺の靴をペロペロ舐めながら答えるんだが、残念ながら俺には導師も舐めることのできる靴も与えられておらんのだ。可哀想な俺。
ただね、読み手の憧れを一身に受ける物語の主人公においては舐める靴を選んで欲しいと思うわけよな。仙人の足を包むのが履き潰したコンバースのスニーカーとかだったら、それはちょっとやめておこうぜって思うわけよ。あと靴を舐めながら次の靴のおかわりをを求めるような真似はして欲しくないわけよ。そして導師側においても、頼んでもいないのに靴を口内にねじ込んでくる中年男性とかは勘弁して欲しいのよ。オシャレは足元から、などとも言うし、そこら辺には気を遣ってねと漫画家諸氏にお願いしたい。できれば、食っても問題ないぐらいの靴を用意していただきたいものだ。チャップリンばりにムシャムシャいけるようなやつを。