名札をつけたNPC

とある飲食店チェーンの系列店で、店員の胸元に大きめの名札がついているのを見た。何故その名札が大きめなのかというと、そこには店員の名前の他に出身地、趣味、将来の夢などのデータが書き込まれているためであった。それを見て俺は「うむ」と思った。「うむと思ったって何だよ?」と言われるかもしれんが、それはまあ「書いてあるなーと思った」という感じ。名札に将来の夢を書く店が存在するという事実を認識しましたよという。
その飲食店チェーンは、かつて従業員から凶悪犯罪者を出したことで新聞の紙面を賑わせた過去があり、要は従業員の素性を明らかにすることで客の警戒心を解こうという腹積もりではないかと邪推してしまうのだが、そういう経緯はともかく、男性店員の名札に将来の夢として『仏師』という職業が書き込まれているのを見た瞬間、俺には今までNPCだった彼が、明確な意思を持って行動するプレイヤーキャラに見え始めたのだった。普段の俺は、道行く人の素性や思想について思いを巡らせたりすることはない。たまに「あの人はどんな人かな?」と考えることはあっても、それを全ての人について行うことはない。必要がないからだ。マニュアル対応によって行動プログラムが画一化している店員については更にNPC感は高まる。「ここは よしのや だよ」「ぎゅうどんは たべていかないと いみがないぜ」という具合だ。しかしそこで出身地は鹿児島、趣味はバンド活動、将来の夢は仏師という情報が提示されると、自然に彼の背後にある物語が見え始める。つまりは自分だけの物語を作り出そうとするプレイヤーキャラの意思が見え始めるのだ。……まあ、見えたからといって別に何かうれしいわけでなく、「見えた気がしたなー」というだけの話なのだが。
それはともかく、俺はバイト先で名札に自分の夢を書かされるのとか絶対やだなー。たぶん嘘を書いちゃうなー。そう考えるとあの『仏師』というのも嘘であり、やはり彼はプレイヤーキャラ的な挙動をするだけのNPCだったのかもしれないなとも思う。うむ。