骨折の理由は

母親から電話で、妹が足の骨を折ってしまったという話を聞いた。当然のことながら俺は、妹の骨折の理由を問うた。その問いに対し、母親から一言だけ「テコンドー」という返事がきた時、俺の思考は異次元に迷いこんだ。母親の返答があるまでの一瞬に、俺は『自分の妹が骨折した』という時に想像しうる幾つかの原因について考えていた。転んだだとか、階段から落ちただとか、重い物を足に落としてしまっただとか、交通事故だとか。そんな可能性の網目をすり抜けて飛び込んできた『テコンドー』というフレーズに対して、俺は阿呆のような声で「えっ?」と呟くしかなかった。
その後、段階を追った説明があって、俺は事のなりゆきを理解した。妹は健康のために何か運動を始めようと思い、たまたま近所にあったテコンドー教室を選択し、その練習中に骨折してしまったということらしい。まあ、近所にあるからという理由でテコンドー教室を選択したのが少々おかしいとはいえ、最初から説明してもらえれば充分に納得がいく話だ。
しかし、俺が母の口から「テコンドー」と言う言葉を聞いたときに感じた不条理。入り口に『骨折』、出口に『テコンドー』を配置したカフカ的迷宮。これはかなりショッキングなものだった。ひょっとしたらカフカの物語も、そこに至るまでの経緯をしっかり説明されれば意外と納得のいくものだったりするのかもしれないなと思った。何か理由があったんだよ、虫になるような理由がさ。