中ボスっぽいマリーアントワネット

この道を進まなきゃならないなら私を倒してからにすればいいじゃない

顔真っ赤反論アントワネット

嫌なら見なければいいじゃない

気づきアントワネット

これ、パンじゃなくてケーキじゃない?

核心をつくアントワネット

それはオタク差別問題じゃなくてあなたの個人的な問題じゃない

女装ペーパーボーイ 

夕方と夜の間ぐらいの時間、私が家で本を読んでいると、玄関のチャイムが何度か鳴った。「はいはい」と面倒くささをなるだけ隠した返事を心がけながらドアを開くと、そこにはロングヘアーに女物のスーツといういでたちの中年男性が立っていた。私は反射的に身構えつつも相手を刺激しないようにさぐりをいれた。
「どちら様ですか?」
「私、○○新聞の勧誘員なんですけどもぉ」
そう聞いて私の中の不信感はなくなった。目の前の人間は新聞勧誘員であったか。これで彼と私の間にある関係は「新聞を購読するか購読しないか」の一本に絞られたわけであり、これはとても安心できる関係である。更に言えば私の答えは「しません」から揺らぐことはありえなかったので、もうこのコンタクトについては何かを考える必要は一切ないということだ。
「あの、おかしいでしょう?こういう格好で新聞の勧誘とかね?」
「いえ、別に」
素直な感想だった。彼の女装についてはすんなり受け入れることができた。今の社会、そんな勧誘員がいても不思議ではあるまい。見知らぬ女装した男が家の前に立っているというのはちょっとした事件だが、それが新聞勧誘員だというなら家の前に立つ理由は充分にあるわけで、別におかしくはない。
しかし私がそう答えると勧誘員は困ったような寂しがるような表情で「本当ですか?無理しなくてもいいんですよ?」と、私から驚きの言葉を引き出そうとした。
女装した勧誘員であるということは彼の自意識と深く関係があるのだろうかと考えた私は、ここらで少し驚いてみるぐらいの優しさを持ってみても良いのではないかと思ったが、私の中ではこれはもう完全に腑に落ちてしまった話なので演技をしようとしてもぎこちなくなるばかりだった。
「いや、みなさん驚かれるんですよ。本社の方では何も言わないのかとか」
「あなた、何しに来たんです?」
一向に勧誘が始まらぬことに苛立ちを覚えた私は相手の言葉を遮って言った。
「あの、すみません。洗剤を…あの私も使ってるんですけど」
面食らったのか説明の順番がでたらめだ。まず洗剤の話が来た上に、「女装癖のある男も使用している」という全く必要のない情報まで流れ込んできた。私は流石に面倒くさくなって「結論だけ言っておくと新聞はとりません。お引取りください」とだけ言うとぴしゃりとドアを閉めた。
そして私は閉めたドアに手をかけたまま考えた。彼はすでに奇妙がられることを導入部にした人間関係以外築けなくっているのかもしれんな、と。だからそれ以外のパターンの会話に対応できないのかもしれん。いやいや、そうでなくて単に彼なりの勧誘の必勝パターンを崩されたので必死に軌道修正をしようとしたのかもしれんな。ある程度頭の中で出来上がっているであろうシナリオを眼前で破り捨てられたようなものだから焦りもしよう。まてよ、女装が勧誘の糸口だとするならば彼の女装は性癖でなくビジネスの一環かもしれんぞ。作業着としての女装というわけだ。そこまで考えて気づいたが、彼が新聞の勧誘員だという保証はどこにあるのか。女装に目を向けさせ勧誘員でない事実から視線を遠ざける。何重にも張り巡らされた意識操作のトラップか。何故。誰が。何のために。
私は慌ててドアを開けたが、もう彼の姿はそこにはなかった。ただ足元に綺麗な女文字で「よろしかったらお使いください」と書かれたメモの貼られた洗剤が置かれているだけだった。