登場人物に言い間違いは許されない。

会話の最中には気にならないが、我々のキャッチボールは思った以上に不恰好なものだ。録音して聞き返してみるとわかるが、いい間違いをしたり、口ごもったり、省略するべきでない単語を省いてしまっていたり、よくもこれでまともなコミュニケーションがとれているものだと感心する。お互いの脳内でうまいこと補完が行われているのだろうな。考えながらしゃべっているのだから、どうしてもこういうことは起こってしまうわけで、いちいち気にしていたのでは会話などできない。
しかし物語の登場人物は基本的に言い間違いをしないもんだ。酩酊状態にあることを示すために不明瞭な調子でしゃべったり(例:酔ってらんかいないれすよ?)、キャラクタの本心を読者に知らせるためにうっかりしゃべりすぎたり(例:だって俺はお前のことが好……いや、なんでもない)、フロイトの言う錯誤行為を使ったギャグとか(例:先輩のことを笑いに……じゃなかった心配して来たんですよ)、あと最近よく見るパターンだと、重要な台詞を言う際に言い間違いをしてしまったキャラに対して「大事なところで噛んだー!」などとツッコミが入るやつもあるな。あれはお笑いブーム以降って感じがするよなあ。まあ、そんな風に言い間違いの影には必ず意味や意図があるもんだ。
じゃあ何故キャラクターは余計な言い間違いをしないかっつうと、単に分かりにくいだからというのはもちろん、受け手がそこから意味を読み取ろうとしてしまうからだろう。作者が注意を払って欲しい箇所以外に受け手が気を取られたり、意味のないところに気を取られたばかりに受け手が余計な肩透かしを食らうのは、なんとも具合が悪い。言い間違いをも余すことなく描いた実験作品とかならともかく、無意味な言い間違いを物語に組み込むってのは難しそうだ。そういう意味でこの世にある「リアルな会話描写」などといわれてるものは一切リアルじゃない(現実を忠実に再現したものがリアルってわけじゃないというツッコミはひとまず置いておいて)ってことになるな。言い間違いを自然に物語に組み込んだ作品って難しいだろうなあ。実写映像作品ならなんとかいけそうだけど。
最近見た言い間違いだとヤングジャンプ連載中のハチワンダイバーのやつが面白かった。厳密に言うとキャラクターが興奮状態にあることを示すための演出なんだけど、二こ神さんが優柔不断な主人公の発言を強く肯定する場面で「そうだ!」と言うべき所を「そうぼぉぁ」と叫んでしまうシーン。この言い間違いは誰にもつっこまれないし、本人によって訂正されることもないし、親切な作者によって「そうだ」とルビを振られることもない。その前の主人公の発言が「そうなの!?」であることから、正しい表記を併記する必要がないのだ。ここの言い間違いは必要ないといえば必要ないんだけど、なんか笑ってしまうし、二こ神さんの意思を伝えるには必要な気もする。これは言い間違いを自然に組み込んだ物語というものの正解に近い描写なんじゃないかなあと思った。・・・…といっても、これはここ一番の決めで使ってるから良いのであって、全編この調子だと大変なんだけど。