ボーグを脱げ/クロムモリブデン

公式サイト
http://crome.jp/


演劇が好きなわけではないのですが、誘われたんで見てきました。
同行者の方が「演劇ってドサブカルだよね」とか言ってたんですが、まあ、そうだよなーと。

つい10年ほど前は、サブカルチャーの定義は、メインカルチャーから見て相対的に変なもの、変わっているもの、ってだけでOKだったんだけど、その定点となる「メインカルチャー=普通」が消失してしまった今、サブの定義も曖昧にならざるを得ないよね。
ユリイカ8月臨時増刊・オタクVSサブカルより 岸野雄一氏の発言

ここ数年でクドカン松尾スズキが売れたからといって、演劇がメインカルチャーに足を踏み入れるようなことにはならなかったんですよな。
「これからは演劇がブームになる!」みたいな煽り方は見られず(なかったことはないんだろうけど)、演劇の人がテレビに出向いて行ったというだけの話になってしまったのは謎でしかたがない。「演劇は全部オシャレ!」って方向にもっていく山師が現れてもおかしくなかったんじゃないかと思うんだが。
演劇ぶっく買って月に何本も舞台を見てる一握りの人のためだけに数多くの劇団があると思うと、これこそサブカルオブサブカルといえるんじゃないか、演劇。


で"ボーグを脱げ"。こういうのがどこの流れに属するのかわからないけど、「スタイリッシュで、テレビじゃやれないような差別的なシチュエーションをとりいれて、大音量で音楽流して、ギャグとしての空虚な長ゼリフでシュールな感じを醸し出して、メッセージ性が潜んでるような顔をして」とかいう…ようするにナイロン100℃とか大人計画?そういう感じのものなので、第一印象としては、「自分では先鋭的なつもりでいる古典芸能」という印象を拭えなかった。パターン化されてきてるよなあ、と。
とはいえ悪く言ったものばかりでもない。90年代頭にテレビで放送された"ツインピークス"あたりから普通の人も「ピースが抜け落ちた状態で完成となるパズル」を楽しめるようになってきたと思うのだが、この芝居は更に一歩進んで「もともと組み上がることのないパズル」。一見組み上がりそうに見えて(事実、一部噛み合うピースはあるように見えるのに)、近づけてみると切り口があわない。
(ケーカンという男は、自分が警官であることも大家であることも否定する。彼が誰であるかはわからない。メン、ナイフなどのキャラクターも同じ役者が演じるキャラクターであるにもかかわらず、場面が変われば違う背景を背負っている)この不思議な感じは悪くなかった。そして出演する役者全てに、この混沌を支えるだけの魅力があったように思える(特に気になった2人の男性はいずれも客演だったのだが)。舞台のどこに視線をおいていても楽しめるという感じ。
しかし「曖昧な世界だから全てデタラメでもしかたがない」というのが効果的なギミックというよりはエクスキューズに使われていたのが残念だ。暗転の繰り返しもリセットとしてしか機能してなかったように思えるし。
うーん。でも正直もう一回ぐらい見ておきたかったな。
とりあえず次の舞台も東京公演があるなら行くかもしれん。