ラオウと一人称とブログ

  • ウレユサ日記26 2006/03/19-最近の嬉野

http://musicago.com/ucblog/index.php?mode=cal_view&no=20060319
餓狼伝説のキャラクター、アンディーボガードの一人称についての話題

不知火舞のストーリー公開に合わせて、アンディの一人称がうんぬんという話題をちらほらとネット上で見かけるようになった。
(中略)
では、実際のアンディ――すなわちゲーム中でのアンディは、自分のことを何と呼んでいるのか?
ざっと調べてみたところ、ほとんど統一が取れていないという結論にいたった。「私」、「僕」、「俺」と、ひとつの作品の中ですら統一が取れていないこともあるという状況である。

KOF MI2のストーリーを書いてる方のところにリンクしながらこういう言い草もいささか失礼だが、格闘ゲームにおけるストーリーやキャラクター部分は所詮添え物ということもあって念入りにチェックされるような事はなかったのではないだろうか。同一シリーズでも作品ごとに担当している人が違うというのもあるだろうし、初代餓狼伝説の頃は格闘ゲームにストーリー性を求める人達が現れるなんて想像もされなかったというのもあるだろう。
この一人称問題を聞いて思いだしたのが北斗の拳ラオウ。検索してみたら、さよなら絶望先生でも軽くネタになっていたようだ。
なにせ、同じページでも「おれ」と言っていたり「わたし」と言っていたりする。アンディの「ひとつの作品でも統一されてない」をはるかに凌ぐ適当さ加減。更に次の回では何故か急に「わし」に。その後はほぼ「おれ」で統一されているようだ(でもやっぱり急にわしと言ってみたりもする)。
「おれ」で統一する方向になったあたりのエピソードは、ラオウの剛の拳に対してトキが柔の拳で挑むというもの。柔の拳の使い手で一人称が「わたし」のトキと対比させるべく剛の拳を使うラオウの一人称は「おれ」で固まっていったのではないだろうか。ラオウが馬上から降りたからというもあるだろう。のちにケンシロウと引き分ける展開を考えても、「わし」で威厳を感じさせるキャラ作りよりも傲慢不遜にケンシロウを叩きつぶそうとする荒々しさの方がラオウに似合う気がする。そして何より剛の拳という設定が決まった以上は語気も乱暴になりがちであることを考えると、「わたし」や「わし」というのはしゃべらせる上で非常に都合が悪いのだ。「てめえをぶっ殺す」の前に「わたし」は付けにくいだろう。いや、ラオウは「てめえをぶっ殺す」とか言わないけどさ。
ということでラオウは自らの拳質に沿う形で一人称まで変えたというのが俺の説なのだが、これはブログを書く上でも参考になるかもしれん。すなわち語気が荒くなりがちな人は一人称を「わたし」にすると良い。自然と続く言葉もマイルドになり、自然と落ちついた印象のブログになるのではないだろうか。激流を制するのは静水。「わたし」を用いた柔のブログで平和なインターネットを。
……まあ、「このわたしを本気で怒らせましたねーっ!!!!」みたいな感じになるかもしれんけど。