せっかく俺がかっこよかったのに

ほろ酔いで夜道を歩いておったら、前方から駆けて来た青年が道に転がっていた石を蹴り飛ばしてしまったようだ。その石は不運にも俺の顔めがけて一直線に飛んできた。実に不幸な出来事なのだが、どういうわけか反射神経が人より劣る上に酔っ払いである俺の手が自然に動き、顔面に被弾する直前の石をパッと受け止めた。青年は自分の仕出かした事に驚き、更に俺の超かっこいい動きに驚いたため一瞬行動が遅れたようだったが、すぐに俺のそばに寄ってきて「申し訳ありません」と何度も頭を下げた。わざとやった事でもないので俺は「大丈夫。でも、気をつけるんだよ」と言って青年を許し、再び歩き始めた。
とぼとぼと歩いていると、ふいに「酒に酔っていたので一時間ぐらい気付かなかったが、さきほどの俺はメチャメチャかっこよかったのではないか」という気がしてきた。あの青年は俺を何かの達人だと思ったかもしれない。何の達人かは知らないが、何かの。
高揚感が頂点に達した俺だったが、惨めな俺がこんなにかっこいい瞬間なんて滅多にないのに、それを誰も見ていないという悲しさに気付くまでに時間はかからなかった。憂鬱な気持ちになった。酔いも醒めてきた。
普段の俺がどれぐらい惨めかというと、世間並みの暮らしを現行のゲームハードに例えるなら、俺の過ごす日々はSEGASG-1000レベルであり、ゲーム中に流れるBGMは無音であり、当たり判定は見た目の5倍であり、効果音は自分の行動とズレた所で鳴り、背景と障害物の見分けがつかず、押したキーは2秒遅れでしか反応せず、敵に対する攻撃手段はおろか回避手段も用意されていない癖に、タイムオーバーで死ぬまでの時間はふんだんに残されているといった具合。
そんな俺が目映いばかりの輝きを見せたのに……。畜生……。それにしてもかっこよかったな俺。さっきの青年が俺のかっこよさを他人に話しまくってくれれば良いのだが。なあ、そこのあんたも聞いておくれよ。俺、かっこよかったんだよ?飛んできた石をさあ、へへへ……パッとね。へへへ……。